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ビジョン心理学ナイトライト・ニューズレター 2011年5月号

ビジョン心理学ナイトライト・ニューズレター 2011年5月号

      翻訳:ビジョン心理学トレーナー 大空 夢湧子


 

5月は明るい月で、洞察力や解明・啓蒙をもたらしてくれます。また、軌道修正の月でもあります。私たちがどこで脱線したのかが明らかになるのですが、意欲と天からの助けがあれば、元のコースに戻るのは簡単そうです。意欲がカギですね。

私たちはみんな恐怖を感じてきましたが、それは罪悪感を神のように崇拝していることの表れです。「罪悪感を崇拝」していると、「罪悪感の陰謀」や「罪悪感のストーリー」も現れてきます。本当に罪悪感というのは、停止し、言い訳を持ち、怖れに直面しないようにするための方法です。しかし罪悪感は怖れを止めてくれる訳ではなく、怖れを隠すだけです。罪悪感が多ければ多いほど、怖れも多いのです。罪悪感と怖れは、自給型の悪循環となり、神の私たちへの計画を否定しています。神の計画、天の計画とは、もし受け入れれば天国のように幸せになれるものです。しかし、私たちは怖くなって、自分は不十分だという気持ちから、いわば「落馬」してコースをそれてしまったのです。問題を抱えている時はいつでも、「落馬」した時です。潜在意識的には自分で飛び降りたのですが、落ちた時にあたかもだれかに押されたかのように見せたのです。すべての問題の根っこに、私たちは「悪者」の部分を持っています。この「悪者」の部分は、実は、手の込んだ共謀なのです。落馬した時の相手や何が起きたのかが、自分が前に進まないための言い訳になっているのです。さらに深く見ると、私たちの罪悪感と失敗の隠し場所があるでしょう。私たちは、言い訳として使っている相手に対して、恨みを抱いています。しかしその人たちこそ、私たちが救うと約束した人たちなのです。彼らを救う代わりに、自分が前に進むのを止めるために彼らを利用したのです。さあ、自分自身を許し、みんなを許す時がやってきました。

5月は冒険の月。もう一度、馬の上に戻る時なのです。罪悪感を捨てる時、そして怖れに直面する時です。直面すれば、怖れは解消し、ワクワク感に変わります。一歩ごとに天は自分と共にあり、「怖れとは自らの攻撃の想念によって永続している幻想にすぎない」と認識することができます。

恨みと文句の下には、罪悪感と失敗感が隠れています。自分がどこで馬から飛び降りたのかを示しています。私たちは誰かを助けることもできたはずなのに、隠れるために彼らを利用してしまったのです。私たちが「彼らから得られない」と文句を言ったギフト(贈りもの・才能)は、すべて自分の中にあります。まさにそのギフトこそ、彼らが私たちから必要としていたものであり、それがあれば彼らを救うことができるものなのです。私たちの罪悪感は、ここから来ています。しかし、罪悪感というのも、もうひとつの幻想であり、馬の上に戻らないための口実です。あなたは罪悪感や、自己懲罰や、それが生み出す怖れを望んでいますか? それとも、馬の上に戻り、ギフトを分かち合い、教訓を学び、誰かを助けて、冒険を続けたいですか? 天はつねに私たちが責めた人に対しても、与えるべきギフトを持っています。もし私たちが、彼らのために受けとり、分かち合いさえすれば。天からのギフトはミラクルになります。かつて私たちは、問題のために、人生の目的を捨ててしまいました。私たちは誰かを「悪者」という枠にはめて、そのために天の計画を捨ててしまいました。あれは天命だったのにもかかわらず。

私は今、これを書きながら、1マイルほど先の沖で、クジラが水面に躍り出て、潮を吹き、遊び戯れているのが見えています。これから先の出来事の吉兆です。それは必要とされることでしょう。

私たちが「落馬」した場所はどこも、無意識のレベルの「悪い態度」を表しています。人を使って隠れ、落馬し、自分が押されたとギャーギャー文句を言っているのです。すべての問題は、誰かに関する文句です。すべての文句は、自分が与えることに失敗したか、悪い態度から抜け出て冒険することの拒否を示しています。 馬から飛び降りた時に、感情的に停止状態になってしまったのです。大きな問題を抱えているところでは、内面的には、自分は子どもか思春期の頃で、馬から飛び降りたところで感情が停止状態になっているのです。私たちは問題が起きた時の年令で、感情が停止状態になっているのです。もしあの子どもに戻って、彼らを愛したなら、それと同時に天の愛が入ってくるのを歓迎したならば、あの子ども、または思春期の若者は成長して現在の自分の年令になり、自分の中に溶けて戻り、冒険をつづけるための完全さと自信をもたらしてくれるでしょう。 それによって、自分を必要としている人たちに、過去にも現在でも、自分自身を十分に与えるきっかけになるでしょう。問題や文句は、自分がコミットしていないところを示してくれます。なぜなら、自分を十分に賭けていれば成功するからです。

今月は文句と自己憐憫を手放すべき時。もしそうしなければ、私たちが悪い態度で間違った方向に進んでいることを示すために、さらにもっと文句の種が増えてくるでしょうから。文句ばかり言っている人や、取る(ばかりで与えない)人は、注意しないと、狼狽の5月(dis-Mayed)になってしまうでしょう。

一方、コミットしている人は、自分が与えたことが何倍にもなって返ってくるのに気づくでしょう。犠牲はコミットメントではありませんので、覚えていてください。犠牲は、自分自身に与えることを含んでいません。 自分自身のすべてを賭けたならば、自分がどれだけ才能に恵まれているのか、そしてどのようにタオと共に動いているのかがわかるでしょう。自分の天命を受け入れた時、タオが自分の中を通り、自分からも流れて人々の助けになるでしょう。

5月のサブテーマは次の通りです。
第1週には、「被害者」のテーマがあります。自分が攻撃されて無力感を感じているところですが、潜在意識てきにはケンカしていて、攻撃しているのです。勝つために、負けて、失っているのです。

第2週には、「いやな奴(bastard)」のシャドーを扱います。自分の周囲の誰かにこのシャドーを投影しているか、自分自身が「いやな奴」のような行動をするか、それともまだ内面で抑制され、抑圧されたままかもしれません。これは、自分の中の男性性の側面からの陰険な行動です。それが現れたところ、さらには現れる前にも、「いやな奴」の部分を許し、統合する必要があります。

第3週の特色は、自分自身のその部分を認識したくないので、典型的に投影されている無意識的なパターン、それは「悪意のストーリー」です。これこそがエゴの土台であり、自分にも人にも悪く働きますので、これを捨てるのはとても良いことです。

第4週は、自分が所有物に取りつかれているのを見ることになるでしょう。これが「所有の陰謀」です。私たちは物を所有することで安全を得ようとするのですが、自分が所有物に所有されているのを認識することになります。執着は牢獄のようになりますので、この時期は執着を手放すのに良い時です。

5月の月末の数日間と6月初旬の5日間に起きた事で、ネガティブなことはすべてが「自己攻撃」です。自己攻撃は、エゴの土台のもうひとつの中心的な側面です。5月は、エゴを越えて、その先の喜びへと進むのに良い月です。

天は、私たちに絶え間なく、ギフトを与えて続けてくれます。ギフトが、罠から脱出するために必要なミラクルになるのです。 

毎日、ギフトを歓迎しましょう。

チャック・スペザーノ
ハワイ、タートル・ベイにて
2011年5月

 

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